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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1783号 判決

控訴人 ハーバート・イ・スコツト

被控訴人 井上トシ

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金六万四千五百八十円及びこれに対する昭和二十九年三月十二日以降完済まで年五分の割合による金品を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、控訴人被控訴人各一づつの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十一万三千三百五十六円及びこれに対する昭和二十九年三月十二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実の主張及び〈立証省略〉した外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求は主文第二項記載の金員の支払を求める限度において理由があり、その余は理由がないと認める。その理由については、次のとおり、附加、訂正する外、原判決の理由は首肯し得るから、これを引用する。

請求原因第一項に対する判断に、「原審認定に供した資料に、原審証人山口隆俊、南部鴇子(ただし原審認定に反する部分を除く。)の各証言を綜合すれば、原審認定が相当であるとの心証を深める。原審認定に反する当審証人南部鴇子の供述は措信しない。」と附加する。

請求原因第三項(一)に対する判断(原判決六枚目裏初行から七枚目表三行まで)を削り、「原審証人南部鴇子、ネリー・ビ・スコツト、当審証人南部鴇子の各証言及び原審における被控訴本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)を綜合すれば、控訴人は昭和二十九年一月二十七日本件家屋を立ち退いたこと、控訴人が他に売却した電気冷蔵庫、電気洗濯機外雑品が当時なお残つており、買受人がこれを全部引き取るのに同月三十一日までかかつたこと、控訴人が使用していた部屋の鍵は右一月二十七日被控訴人に返還されたこと、控訴人が右冷蔵庫等を残して立ち退くことに対し被控訴人はなんら異議を述べなかつたこと、右冷蔵庫等を買受人に引き渡すために南部鴇子が立会に本件家屋に来たが、従前の部屋を使用したことはなかつたことが認められる。右認定に反する原審における被控訴本人の供述は措信し難い。右認定の事実によれば、控訴人が立ち退いた昭和二十九年一月二十七日に本件建物の返還があつたもので、爾後被控訴人が無償で前記物品を保管していたものと認めるのが相当である。しかりとすれば、昭和二十九年一月十日に支払つた賃料のうち金一万三千五百四十八円(ただし、円未満は切捨)が過払となつている。」と訂正する。

同項(三)に対する判断中「原告から被告になお金一万五千二百九十五円を支払わなければならない関係にある。」(原判決七枚目表九行から十行まで)との部分を削り、「控訴人が本件建物を立ち退いたのは前記のとおり昭和二十九年一月二十七日であるから、控訴人は被控訴人に対し、電気料金一万一千四百十八円、内訳金四千二百七十三円(昭和二十八年十二月分)金五千百八十一円(昭和二十九年一月十二日迄分)金千九百六十四円(昭和二十九年一月十三日以降同月二十七日迄分、ただし昭和二十九年二月中支払つた金三千九百二十六円につき日割計算したもの、円未満切捨)水道料金四百四十六円(昭和二十八年十二月十四日以降昭和二十九年二月十三日に至る料金六百十五円につき昭和二十九年一月二十七日迄日割計算したもの、円未満切捨)、電話料金二千五百五十六円、内訳金千六百五十五円(昭和二十九年一月分)金九百一円(昭和二十九年一月十五日以降同年一月二十七日迄分、ただし、昭和二十九年二月中支払つた金二千百四十九円につき日割計算したもの、円未満切捨)合計金一万四千四百二十円を支払わなければならない。」と訂正する。

同項(四)に対する判断中持分の贈与に関する部分(原判決七枚目裏八行目、被告は、から以下)を削り、「成立に争いない甲第一号証、原審における証人山口隆俊の証言、被控訴本人尋問の結果によれば、控訴人が本件家屋を借り受け居住するには、本件のように瓦斯、洗面、電燈等設備の改造整備をしなければ、その監督官から借受の許可が得られないとともに、当時控訴人が居住し得るような建物を借り受けるについては相当の犠牲を必要とした関係上、本件賃貸借契約中に、右設備の改造整備は、控訴人が施工し、費用のうち三分の一を被控訴人が負担して両者の共有とするが、本件賃貸借契約が終了して控訴人が本件建物から立ち退くときは、控訴人はその持分を被控訴人に無償で贈与する旨の特約がなされたことが認められる、右認定に反する原審証人ネリー・ビ・スコツト、当審証人南部鴇子の各供述は措信しない。ところで前顕甲第一号証、原審における検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、

本件建物は日本家屋一棟のうちの一部分であるが他の部分と隔離され、玄関は他の部分と共用であるが、台所便所は各別に附置されており、世帯が他の部分に関係なく独立して居住し得るようになつており構造と使用効能があたかも独立の建物と同等と認められるから、本件建物の賃貸借契約には借家法の適用があると解すべきである。しからば、前記持分贈与の特約は、同法第五条第六条の規定によりその効力を有しないものである。

また、控訴人が本件建物を退去するに当りその持分所有権を放棄し又はこれを贈与したと認めるべき証拠はなく、かえつて原審証人ネリー・ビ・スコツト、当審証人南部鴇子の各証言によれば、控訴人は当時その持分の買収を請求していたことが認められる。そして、本件に於て、控訴人が買取を主張する物件が、(イ)廊下のドアーの仕切、(ロ)台所の瓦斯設備(瓦斯メートル器、配湯器及び配管)、配電設備(電気メートル器)、窓の金網及び網戸、(ハ)水洗便所(腰掛式)及びシヤワー設備(ニ)応接室(洋間十二畳)及び六畳和室の瓦斯配管設備及び窓の金網戸であること及び右各設備がいわゆる造作に該当するものであることは、原審における検証の結果及び弁論の全趣旨により明らかである。ところで原審証人ネリー・ビ・スコツトの証言によれば、右設備は昭和二十七年十月中に設置されたものであつて、右設備の設置から本件賃貸借終了までの期間は一年三箇月であることが認められ、原審証人南部鴇子の証言によれば、控訴人の世帯は控訴人夫婦とメイドの南部鴇子の三人であつて、控訴人夫婦はいづれも昼間他に勤務し南部鴇子は通学しており、右設備の使用程度は割合に少なかつたことが認められる。右認定のとおり右設備が設置されてから本件賃貸借が終了した時までの期間は約一年三箇月であつて、その使用程度も割合に少なかつたのであるから、その設置のために支払われた前記説示の金九万九千円の費用額をもつて本件賃貸借が終了した昭和二十九年一月二十七日における右設備の時価と認めるのが相当であつて、右認定を覆えすべき資料はない。しからば控訴人の持分の時価は右価額の三分の二である金六万六千円である。従つて控訴人の買取請求権行使により被控訴人は控訴人に対しその持分の時価である金六万六千円を支払わなければならない。」と訂正する。

以上の次第であるから、控訴人の家賃の過納分金一万三千五百四十八円中控訴人の請求する金一万三千円を造作代金六万六千円合計金七万九千円と被控訴人の電気、水道、電話各料金立替分合計金一万四千四百二十円と対当額において相殺すれば、被控訴人は控訴人に対し金六万四千五百八十円を支払わなければならない。

しからば控訴人の本訴請求は、そのうち金六万四千五百八十円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年三月十二日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

よつて右と見解を異にして控訴人の請求を全部棄却した原判決は一部失当で本件控訴は一部理由があるから原判決を変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十二条第九十六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

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